裁判の概要

2021年8月26日 更新

請求の趣旨(要旨)

(1)原告が、被告会社の労働者の地位にあることを確認する(雇止めの無効の主張)

(2)令和2年12月分以降の賃金及び今後発生する賃金の請求(過去分 及び 将来分の賃金請求)

(3)合理的配慮の提供義務違反等に基づく損害賠償請求(慰謝料の請求)

訴訟までの経緯と原告の想い

原告の発達障害と、入社の経緯

 私(原告)は、40 代を目前に発達障害であることが判り、2018年に初めて障害者採用で就職しました。

 入社した外資系IT企業は、信頼・カスタマーサクセス・イノベーション・平等という4つの行動規範を重視しております。障害者採用に関するインタビューなどにおいても「その中でも平等は、雇用においては特に大切にする価値観の1つです。企業は社会を変える原動力であるという信念のもと、私たちはあらゆる人が平等な社会を目指しています」と語っており、私はこの企業の掲げる理念に共感し、入社を決めました。

直属の上司による合理的配慮の拒絶と、会社の対応

 しかし、私を待っていたのは会社が喧伝するような、美しいイメージとは真逆の現実でした。直属の上司からは「あなたの面倒を見るのは私の役割じゃない」「私があなたのメンター? 絶対に嫌」と障害者の受け入れ自体を拒絶するようなことを言われ、大きなショックを受けました。

 障害特性に対する合理的配慮を求めても、「リソース不足」「障害者に見えない」「つらいのはあなただけじゃない。それって、本当に障害だからつらいのかな」と配慮の否定や提供拒否をされることが続きました。

 また就労時も、直属の上司による伝え忘れや無理な仕事の割り振りにより、持ち帰り残業や休日作業などの無茶な働き方を強いられることになりました。問題が起こるたびに人事部、マネージャー、都や区が派遣するジョブコーチ等と面談を重ねながら、粘り強く改善を求めてきましたが、会社やジョブコーチは、私に更なる我慢を強いるばかりでした。

 その結果、就労開始1年ほどで、社内で過呼吸を起こして倒れ、二次障害であるうつ病が増悪し、休職するに至ってしまいました。

感染症がまん延するなかで強いられた通勤訓練と、退職勧奨

 復職を求めた際は、私に基礎疾患があることを知っている産業医から、新型コロナウイルス感染症がまん延する状況下でも、通勤訓練が必須だとして強要されました。通勤ラッシュの電車で感染の危険に怯えながらも、1週間ほど通勤訓練を行いながら、会社に「新型コロナの問題が収まるまでは、別の方法で復職可能か判定して欲しい」とお願いをしてきましたが、聞き入れられませんでした。

 耐えかねて労働組合を通して通勤訓練の中止を申し入れたところ、今度は会社代理人弁護士による退職勧奨が始まりました。退職の合意書案が広範囲の転職禁止や、不公平な口外禁止等を含むことから同意を拒むと、会社はこれまで、かたくなに復職を拒絶していたにも関わらず、一転して「これは業務命令であり、あなたは従う義務がある」と復職するように通知してきました。

命じられた名ばかりの復職。そして雇止めへ

 しかし会社の命じた復職は、月に1回の産業医面談があるのみで、実際には何の仕事も与えられず、キャリア支援の名のもとに転職を強いるものであり、退職勧奨の続きと言わざるを得ないものでした。私は一貫して、雇止めには応じないと伝えてきましたが、会社は2020年10月13日付けで「雇止め通知書」を送付してきた上に、退職願の提出まで求めてきました。

 更には、2020年11月末日で雇止めにすると通知をする一方、会社の計算ミスにより、私に本来与えられるはずだった有給休暇25日分が付与されていなかったという旨を、11月5日になって通知してきました。しかし、この25日分を消化する場合、買い上げする場合、いずれにおいても、私が雇止めを認めたこととなると記載されており、有給休暇を全て消化することはできませんでした。

訴訟を通して求めたいこと - 障害者の権利と合理的配慮

 あまりにも酷い仕打ちが続き、心身ともに大きなダメージを受けることとなりましたが、私は個人的な憤りを晴らすために訴訟を思い立ったわけではありません。

 障害者が就労する際には、個々の障害特性や必要に応じて、企業に合理的配慮を求めますが、この合理的配慮に関して誤解があまりにも多いのです。

 会社からは合理的配慮の提供拒否をされるのと同時に、障害に対する配慮を「心中で特別扱いを期待している」とされたり、障害者が求めていないこと・話し合いで合意していないことを「特別なアレンジだ」と押し付けられたりということが何度もあり、障害者と健常者の間にある「合理的配慮」についての認識に、大きな乖離があることを痛感いたしました。

 障害者の権利を守るための法や条約は数多くあります。そして、本年は障害者差別解消法の改正法案が可決成立し、今後は民間事業者の合理的配慮の提供が「努力義務」ではなく、「義務」となります。しかし、いまだに合理的配慮についての理解は進まず、差別や偏見に苦しむ障害者は、あとを絶ちません。

 私は本訴訟を通して、障害者の就労に関する問題や、合理的配慮の否定・拒絶・不提供について、社会の問題として広く知っていただきたい。そして、障害者が職場でつらい目にあった際は泣き寝入りせずに自身の権利を主張できること、合理的配慮を求めることは個人のわがままではないということを、障害を持つ当事者にも知っていただきたい。そのように願っております。


以上